「もっといいクルマづくり」の最前線。世界のトヨタを支えるテストドライバー松山北斗が、家一軒分のリスクを背負って“D1グランプリ”に挑む理由
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編集部への特別メッセージ
「D1 GRAND PRIX 25周年おめでとうございます。日本の、そして世界のモータースポーツファンの皆様、いつも熱い応援をいただき本当にありがとうございます。私が身を置くトヨタ自動車では、GAZOO Racingが掲げる『モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり』の思想のもと、関連部門が一体となって取り組んでおります。D1GPで戦う中で限界領域でしか見えてこないマシンの挙動や、タイヤのグリップ限界を探求することは、車両開発業務を遂行する上でも大きな財産となっています。
私自身、平日は新型車の開発という、厳格なコンプライアンスが求められる重要な職務に就いておりますが、週末のサーキットもまた、クルマの未来を切り拓くための大切な戦場です。常に高いプロ意識と礼節を持ち、これからも技術の限界へ挑戦し続けます。今シーズンも、TEAM TOYOTIRES DRIFTの一員として全力で戦いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」
松山北斗

最高峰のモータースポーツにコミットする巨大企業と、そのDNAを受け継ぐ「社員ドライバー」
WRC(世界ラリー選手権)やWEC(世界耐久選手権)、そして国内のスーパーGTに至るまで、世界のモータースポーツの頂点で勝利を重ねるトヨタ自動車。「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」という思想は、今やプロのワークス活動に留まらない。メーカーの技術を支える「社員」たち自身の飽くなき挑戦やパーソナルな競技参戦をも推奨し、実戦の限界領域においてハンドリングスキルを磨くという、自動車メーカーとして理想的な人材育成のカテゴリーを形成している。
その最先端に身を置くのが、トヨタのテクニカルセンター下山(TTC-S)に勤務する現役社員であり、同時にD1GPクラスのトップレーサーとしても名を馳せる松山北斗だ。彼の本職は、市販される新型車の操縦安定性を評価・向上させる「製品開発のテストドライバー」。しかし週末になると、彼は会社の業務としてではなく、完全なるプライベートの活動として、日本が世界に誇る最高峰のハンドリング競技『D1グランプリ』へと身を投じる。
ネット上やSNSでは、彼が出勤前の早朝や退勤後の夜間に、屋外ガレージで自らレーシングマシンを整備する様子が「リアルなサラリーマンレーサーの鏡」として大反響を呼んでいる。かつてトヨタイムズの取材で豊田章男会長と対談した際、松山は「以前は社内から『こんな危険なことをやって』と言われたこともあったが、会長がモータースポーツを推してくださるようになってからは、堂々と胸を張って挑戦できるようになった」と語っている。企業が育む情熱のDNAが、トップカテゴリーの現場に結実している好例と言えるだろう。


お兄さんのR32スカイライン・タイプMの助手席で目覚めた北斗少年
現在、松山北斗は国内最高峰の『TEAM TOYOTIRES DRIFT』のワークスドライバーとして「GRカローラ」のステアリングを握り、D1GPのトップスターの座に君臨している。D1GPドリームを達成したドライバー。パドックで見せるスマートな対応やクリーンなルックスは、自動車メーカーの全面バックアップを受けて育った「エリート」のそれに見えるかもしれない。
しかし、その実態は正真正銘のハングリーな叩き上げだ。家庭の困窮、両親の離婚による孤独、内部での凄じい競争、精度を求められる過酷な環境、そして自らの覚悟ひとつで背負った巨額の債務。すべてを自らの腕一本でこじ開けてきた彼の人生の根底には、いつも「一人の偉大な男の背中」があった。
物心ついた頃からクルマが大好きだった北斗少年。そんな彼に多大な影響を与えたのは実の兄、羊介さんだった。お兄さんは非常に厳格な人物だったが、6歳離れた弟のミニカー遊びや自転車でのレースごっこなどに延々と付き合ってあげる優しさを持っており着実に北斗少年をクルマ好きに育て上げていった。
だが、幼い頃に両親が離婚。家庭環境は激変し、はっきり言って「貧乏」と呼ぶほかない困窮の生活が始まった。父親は生活を支えるために働き詰め。学校から帰宅しても家には誰もおらず、食べる物がないため醤油をつけたティッシュを食べて飢えを凌ぐ日々。孤独な北斗少年の唯一の楽しみは、クルマだった。スポーツカー見たさに自転車で街中を漕いで周り、『オプション』や『オプション2』、『ドリフト天国』、発売日になると必ず立ち読みしに行った。数時間かけ端から端まで舐めるように読み尽くして憧れのクルマを脳裏に焼き付けて帰る、それが最高の楽しみだった。
そんな生活を続けて数年後、一足先にクルマに乗れるようになったお兄さんが買って来たのは地を幾重にも走るようなローダウンのR32型スカイライン・タイプMだった。心地良いエンジンサウンド、ワクワクするターボの加速、初めて乗るスポーツカーは感動の連続で、兄の助手席で揺られた記憶が北斗少年のその後の運命を決定づけた。
その後中学を卒業すると地元の三重県を飛び出し、単身で愛知県にあるトヨタ自動車の企業内訓練校である「トヨタ工業学園」へと入学を果たす。トヨタ工業学園ではクルマの基礎からトヨタ生産方式、企業人としての在り方や体力作りまで徹底的に叩き込まれた。厳しく苦しい場面も多かったが仲間と支え合い日々成長を感じる毎日。何よりクルマの「プロ」に近づいているという実感が原動力だった。
あのタイプMのお兄さんが、日本の空を支える「本物のトップガン」へ
北斗少年が単身、自動車の世界で死に物狂いの努力を始めた頃、彼に多大な影響を与えたあのR32の兄もまた、とんでもない領域へと駆け上がっていた。
お兄さんが進んだのは、日本国家の安全保障を双肩に担う超エリートの道。厳格な規律と、人間の限界を試されるような過酷な訓練と勉強を乗り越え、なんと日本を代表する航空学生の道から、精鋭戦闘機乗りだけが集う集団。まさに映画『トップガン マーヴェリック』の日本版とも言える、航空自衛隊F-15戦闘機を駆る「アグレッサー・パイロット」となったのだ。
日本の空を支えるご立派で格好いい英雄となった兄の姿は、北斗少年にとって今もなお最大の憧れであり、超えるべき壁となった。「兄貴があれほど過酷な空の世界でトップになったんだ。なら、俺はクルマの世界で絶対に一流になってみせる」。
兄の過酷な訓練や学問に励む姿に大きな刺激を受けた北斗少年は高校を卒業後、静岡県のトヨタ自動車、東富士研究所に配属されるや否や名機「AE86」を購入。6畳一間の社員寮の自室にはタイヤの山が立ち並び、ベッドの上にまでタイヤやパーツが溢れている状態だった。そんな中で毎日仕事終わりには寮の駐車場でタイヤを手組みをしつつメンテナンスをして、週末になれば富士スピードウェイのドリフトコースへと通い詰める日々を送った。
空の超精鋭「アグレッサー」を目指すお兄さんの背中を追いかけるように、雑誌やビデオオプションで見て憧れた最高峰の舞台『D1グランプリ』への参戦を夢見始めるようになる。そして2015年、STガレージの100系チェイサー(4ドア)を相棒にD1グランプリの門を叩き、同年には史上初となる栄えある「新人賞」を獲得するまでに至る。


世界トップ企業の守秘義務と、人生を賭けた「家一軒分」のディープな決断
トヨタ工業学園を卒業後、そのままトヨタ自動車へと入社を果たした松山。まさにクルマ一色の人生である。
彼の本職は、世界トップ企業であるトヨタの内部で、操縦安定性などを担う「新型車開発のテストドライバー」という極めて重要なポジションだった。いつかは現行のトヨタ車でD1GPに参戦したいという夢を描きながら、世界中が注目する新型車開発に携わる日々。しかし、巨大企業ゆえにそこには厳格な守秘義務が課せられていた。「自分が開発に携わっている世界の最先端の新型車たち」の内容については親しい仲間にさえ墓場まで持っていくレベルで絶対に口外できなかった。
そんな鬱屈としたプロフェッショナルな日々に、2019年、ついに最大のチャンスが訪れる。「GR Supra(90スープラ)」の発売、誕生である。
自らも開発に関わった最新鋭のスポーツカーで、最高峰のD1GPの頂点を極めたい。その夢が爆発した。しかし、最高峰の超高速域に耐えうる1000馬力級のレーシングマシンへのビルドアップを含めれば、メーカーのイチ社員の給料で買えるようなシロモノではない。必要な資金は超高級車2台分。すなわち「家が一軒建つ」レベルの巨額なものだった。
普通ならそこで諦める。だが、ハングリーに育った松山の辞書に「撤退」の二文字はなかった。彼は迷うことなく、自ら家一軒分の「借金」つまりローンを背負う覚悟を決めた。まさに人生を賭けた一発勝負。2019年、トップドライバー齋藤太吾率いるファットファイブレーシングの門を叩き、本家の90スープラ参戦から1年遅れる形で、人生の夢であった90スープラの製作をスタートさせたのだ。お兄さんが「空の英雄」なら、自分は「陸の戦闘機ドライバー」になる。その執念だけが、莫大な借金のプレッシャーを跳ね除けた。
「俺の弟は、陸の凄いパイロットなんだ」空の英雄から送られる最大の賛辞
数々の試練を乗り越え、90スープラと共にD1GPの第一線で輝かしい戦歴を重ねてきた松山北斗。名実ともにトップスターとなった現在は、最強ワークスチームの一角である『TEAM TOYOTIRES DRIFT』に籍を置き、車両製作から強力なスポンサードも獲得。最新鋭の「GRカローラ」を新たな相棒に選び、さらなる高み、そして悲願であるD1GPシリーズチャンピオンの称号を目指して激闘を繰り広げている。
そんな現在の彼の元へ、任務の合間を縫って、あの憧れだったF-15パイロットの兄が会場へと応援に駆けつける。爆音を轟かせ、猛烈な白煙を上げながら超精密なコントロールでコーナーを駆け抜ける弟の姿に、お兄さんは最大の拍手を送る。そして自衛隊の基地へ戻ると、同僚の戦闘機パイロットたちに、我がことのように嬉しそうにこう自慢しているという。
「俺の弟は、陸の凄いパイロットなんだ」と。
幼い頃の貧しさと寂しさを乗り越え、空を行く兄を追いかけ続けた少年の夢は、今、日本の自動車産業の最前線、そしてD1GPの頂点というリアルな現実となった。しかし、松山北斗のストーリーはここでは終わらない。お兄さんという最大の英雄を超えるために、そして「世界の松山北斗」になるために。陸のトップガンは、これからも世界一のドライバーを目指し、アクセルを踏みちぎる。


